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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)168号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

東京高等検察庁検事長佐藤博の上告趣意は、末尾に添えた書面記載のごとくであって、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

刑法一五七条一項の罪は、故意犯であるから同項の罪の成立するがためには、行為者において公務員に対し申立てて権利義務に関する公正証書の原本に記載させた事項が虚偽不実であることを認識していたことを要件とすることは言うまでもないことである。ところで、原審は被告人が昭和二〇年一〇月四日附連合国最高司令部の日本政府に対する覚書「政治的、社会的及び宗教的自由に対する制限除去の件」により「宗教団体法は勿論のこと、同法にもとずく寺院規則、殊に本件法華経寺々院規則五六条のごときは明らかに右覚書の趣旨に照らし、その効力を失ったものと解したので、小川昨治郎外四名の新総代を選任するに当り、右規定の手続によらなかったという事実を認定した上、原審は更に説明を進めて、仮りに寺院規則が被告人の解したところと異り依然効力を有するものとするも「被告人は右規則の適用を誤った結果刑法第一五七条第一項の罪の構成要素たる事実の錯誤を生じたもの」であるから、被告人に故意があったとすることはできないと言い、この点につき「犯罪の証明なきもの」と判断しているのである。そこで、被告人の解するように宗教団体法が昭和二〇年一〇月四日附連合国最高司令部の日本政府に対する覚書「政治的、社会的及び宗教的自由に対する制限除去の件」によって直ちに失効したか否かは格別として、本件は昭和二〇年一二月二八日勅令七一九号宗教法人令施行後の事件である。然るに右勅令は前記連合国最高司令部の覚書に則り制定公布されたものであるが同勅令に依れば同勅令施行の際現に効力を有する寺院規則は同勅令に依る規則と看做されるわけで(附則二項)あるから、本件法華経寺々院規則も亦有効に存続するものと解すべきである。従って、被告人のした小川昨治郎外四名の檀信徒総代の選任行為は右規則五六条に抵触し、無効であるからこれら新総代によって決議制定された新寺院規則も亦無効のものであって本件の変更登記事項は客観的には虚偽不実であるというべきである。然るに、原審の認定した事実によれば、被告人は右寺院規則の適用を誤り同規則が効力を失ったものと解釈し、右規定の手続によらないで小川昨治郎外四名の新総代を選任し、原判示のように「これら新総代によって従来の寺院規則の廃止、新寺院規則の制定を決議させ、これにもとずいて同月二〇日(昭和二一年三月二〇日)松戸区裁判所市川出張所備付の寺院登記簿中、法華経寺の所属宗派並びに教義の大要を夫々公訴事実中に指摘するごとく変更登記させた」というのであるから、本件の変更登記事項がたとえ虚偽不実であっても、被告人はその認識を欠いたことにおいて刑法一五七条一項の罪の構成要素たる事実の錯誤を生じたものと原審は判断しているのである。されば、かかる事実に立脚する以上、被告人が右錯誤したことについて相当の理由の有無を問わず犯意を阻却するものというべきであるから原審の法令解釈には所論のような違法はない。そしてまた、原審の事実の認定にも違法があるとは認められない。論旨に引用する大審院判決は、住居侵入罪に関する刑法一三〇条の刑罰法規自体の解釈を誤った事案に関するものであって本件の場合に適切でない。

よって、本件上告を理由ないものと認め、旧刑訴四四六条に従い、裁判官全員の一致した意見により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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